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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1376号 判決

第一審原告 大原一夫

第一審被告 飯島合名会社

主文

一、原判決を次の通り変更する。

二、第一審被告は第一審原告に対し金一七万円及びこれに対する昭和二八年七月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

三、第一審原告のその余の請求はこれを棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を第一審被告、その余を第一審原告の各負担とする。

五、本判決中第一審原告勝訴の部分は仮にこれを執行することができる。

事実

第一審原告は昭和三〇年(ネ)第一、三八〇号事件につき「原判決中第一審原告の敗訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し金六一二、七〇五円及びこれに対する昭和二七年一〇月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を、昭和三〇年(ネ)第一、三七六号事件につき控訴棄却の判決を各求め、第一審被告は右一、三八〇号事件につき控訴棄却の判決を、一、三七六号事件につき「原判決中第一審被告の敗訴部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする」との判決を各求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、第一審原告において甲第二二号証は単に二二号証とし枝番なしと改め、第一審原告本人の当審供述及び当審鑑定人加藤修爾の鑑定の結果を援用し、乙第五号証はその成立を認めると述べ、第一審被告において乙第五号証を提出し、第一審被告会社代表者飯島守本人の当審供述を援用すると述べ、なお双方において次に記載の通り主張した外は、原判決の事実摘示の通りであるからこれを引用する。

(第一審原告の主張)

一、第一審原告は原審において主張した損害額を次の通り訂正主張して、その合計金七〇万円の請求をする。

(一)、原判決記載(一)の損害金一五万円及び(二)の損害金一〇万円はそのまま維持する。

(二)、(三)記載の損害金は平均毎月二万円であり、その合計四四万円中の四〇万円を請求する。

(三)、(四)記載の交付金六万円を利用し得なかつたことによる損害金の主張はこれを撤回し、その請求はこれをしない。

(四)、(五)記載の慰藉料は、その慰藉料額は一〇万円を相当とするものと主張し、その内金五万円を請求する。

二、第一審被告の当審における主張事実中、第一審被告会社がその主張のような目的の会社であることはこれを認めるが、その余の事実はこれを争う。

(一)、会社の代表社員が会社所有地の利用に関して会社を代表してした行為について会社が責任を負うのは当然であり、商法第七二条の総社員の同意に関する規定もただ会社の内部関係に関する規定に止まり、この有無が外部との契約の効力に影響するものと解すべきものではなく、少くとも右第七二条の規定に藉口して外部との契約の無効を主張するのは、取引の安全信義誠実の原則に反し、許されないところというべきである。

(二)、第一審被告主張のような建築費値上りの事実はない。即ち日本銀行の調査発表にかかる物価指数による経済上の変動を見ると、昭和二四年七月から昭和二五年六月までの物価指数を一〇〇とすれば、同年七月から一二月までの総平均は一一五・六であり、そのうち木材類は九五・六であつて、昭和二六年は一月から一二月までの総平均が一六五・五、うち木材類は一三九・〇であり、結局昭和二五年六月に発生した朝鮮動乱による物価の上昇は、同年末では僅かに一五%の値上りを見せただけで、木材類の如きは却つて四・四%の値下りを示しているのであつて、その顕著な変動は昭和二六年一月以降の現象である。そして事情の変更による契約の解除は、事情の著しい変更、即ち本件でいえば物価の著しい昂騰があつて初めていい得るところであるが、本件では、右のように、未だ第一審被告主張の昭和二五年九月にはその著しい昂騰があつたものとはいえないから、第一審被告の契約解除の主張は失当である。

(第一審被告の主張)

一、第一審被告会社は大正一三年三月に設立された合名会社で、その目的は製茶陶器並にこれに附属する商品の売買である。従つて右被告会社の代表社員である飯島守が会社を代表して第一審原告との間に第一審原告主張のような契約をしたとしても、これは会社の目的の範囲外の行為であつて、しかもこれについては商法第七二条による総社員の同意もないのであるから、第一審被告会社としては右契約による責任を負担すべきの限りではないのであり、従つてまた右契約上の義務不履行を原因とする損害賠償の責任を負担すべきものでもない。

二、仮に右主張が理由がないとしても、第一審原被告間の本件契約では、第一審原告等は同人等所有の本件地上のバラツクを昭和二四年八月末までに取払い、同年九月中には新家屋の建築に着手し得るようにする旨約されていたものである。然るに第一審原告等は右取払期間を徒過してバラツクの取払をせず、その取払は遂に翌昭和二五年の九月中となつたものであり、その間建築費は値上りして約倍額となつた。従つて第一審被告として従前通りの契約を履行することには著しい困難を生じたものであつて、右事情の変更は当事者の予見し得なかつたところであるから、ここに第一審原告に対し右事情の変更を理由として本件契約解除の意思表示をする。

理由

一、第一審原告の主張のうち原因関係に関する部分(損害賠償額に関するものを除いた部分で、その部分についての第一審被告の第一審における主張を含めたもの)に対する判断は、第一審被告会社代表者本人の当審供述中この部分についての原判決の理由における事実認定に反する部分はこれを信用することはできないと附加する外は、原判決の理由の説示(記録二三三丁裏七行目から二三五丁裏六行目まで)と同一であるからこれを引用する。

二、そこで次に第一審被告の当審における新たな主張について考えてみる。

(一)、第一審被告会社が製茶陶器並にこれに附属する商品の売買を目的とする合名会社であることは当事者間に争いがない。第一審被告は右事実の上に立つて、第一審被告会社が本件のような、その所有地上に家屋を建築してこれを賃貸する契約を結ぶことはその権利能力の範囲外のことと主張するのである。しかし合名会社にあつては会社の目的の範囲外のことも総社員の同意があればこれを為し得ること商法第七二条の規定するところである。そして本件において第一審被告会社の代表者が第一審原告等と締結した契約は、会社所有地の利用に関し、従前からの借地人(使用貸借)との間にせられたものであつて、借地人所有のバラツクを取毀ち、その跡地に家屋を建設してこれを賃貸することを内容とするものであり、しかも事実この取毀ちが行われたものであつて、土地の利用方法としては普通に行われていることであるし、また、右契約のことに関し、他の社員に異議の存したことは、第一審被告が訴訟上の抗弁として前記のような主張を控訴審に至つて始めてこれをするの外は、本件全資料に徴してもその片鱗すらもこれを認めることができないのであるから、右事情から考えれば、前記の契約については第一審被告会社の総社員においてこれに同意していたものと推認するのが相当である。従つて右契約が会社の目的の範囲外の事項に関すると否とを問わず、第一審被告の右主張はこれを採用するの限りではない。

(二)、第一審被告はまた本件契約を事情の変更を理由として解除する旨主張するが、その主張のような事情の変更のあつたことは当審鑑定人加藤修爾の鑑定の結果その他本件全資料によつてもこれを認めることはできないので、第一審被告の右主張また失当である。

三、次に問題は損害賠償額の点である。

(一)、第一審原告はまず昭和二五年の一一月と一二月とに営業することができなかつた損害一五万円を請求する。第一審原告が第一審被告との約定にかかる新建物の建築ができなかつたため、昭和二五年の一一月と一二月との二ケ月間その営業とする衣類商を休業せざるを得なかつたことは原審証人浦島浅吉、向坪清三、大原ケイ(第一回)の各証言及び第一審原告本人の原審供述に徴してこれを認めるに十分であり、しかも右は第一審被告が約定通り同年一〇月末までに新家屋を建築しなかつた債務不履行に起因するものと解すべきであるから、右休業による損害は第一審被告においてこれを賠償すべき義務があることは明かである。そして原審証人天谷益次郎の証言により成立を認める甲第一〇号証の一ないし三、原審証人三村金重の証言により成立を認める同第一一号証に原審証人大原ケイの第一回証言及び第一審原告本人の原審供述を綜合すれば、第一審原告は昭和二五年八月まで本件地上の従前店舗において一ケ月四万円程度の純益を挙げていたものであり、毎年九月以降一二月の季節は第一審原告等衣類商にとつては書き入れ時ともいうべき時期に当り、殊に一二月は歳末として少くとも倍額程度の純益を挙げ得たものであることを認めるに足るのであつて、右事実に、同年一一月は第一審被告が約定通りに新家屋を建設し、第一審原告において右新家屋において営業を為し得たとしても、二ケ月休業の後である不利はこれを免れ難い点を加えてこれを考慮するとき、第一審原告の得べかりし利益は、同年一一月においては八月以前と同程度の金四万円、同年一二月はその倍額金八万円と認めるのが相当であり、従つて右合計金一二万円について第一審被告に賠償義務があるものというべきである。

(二)、次に第一審原告は第一審被告の建築遅延により従来の得意先を失つた損害が金一〇万円であると主張する。そしてその得意先獲得のための宣伝費として相当の金員を支出したと主張し、その立証をするのであり、休業期間が長ければ長いだけ得意先獲得のための宣伝費もより多額を要するであろうことはこれを察するに足るのではあるが、一一月開業と一月開業との二ケ月の差のためどれだけ多額の宣伝費を要したかとなると、これを明かにすることは到底困難というの外はなく、なお新規開業の場合だけでなく、継続営業の場合にも相当の宣伝費が支出せられるのが一般であることをも考慮するときは、ただ第一審原告の昭和二六年一月の新規開業のためにこれだけの宣伝費を要したとしてその立証をしたとしても、これだけでは右支出の全額を以て第一審被告の建築遅延による損害額とは到底これを認め難いところであり、結局第一審原告のこの部分についての主張は、原判決もいう通り、これを確認するに足る証拠はないというの外はないものである。

(三)、第一審原告はまた第一審被告の不履行により現在の営業所において営業することを余儀なくされ、その収入減による損害金四四万円中四〇万円を請求するという。そして第一審原告は昭和二六年一月以降現在の営業所において営業を始めたものであるが、その営業収益は従前の営業所において営業していた時代に比べ相当の減収となつている事実は前示証人大原ケイの証言及び第一審原告本人の供述に徴してこれを認めるに足るのではあるが、右減収は「景気の悪くなつたせいでもある」とは右証人大原ケイ自身も証言するところであり(原審証人青木卯多治また同様の証言をする)、右減収が旧営業所の場所から新営業所に移転したことのみに起因するとは到底これを認め難いところであり、しかも右減収のどの部分(どの程度)が移転に起因し、どの部分が不景気に起因するかの点については何等これを認むべき証拠がないのであるから、右第一審原告主張の損害額またこれを確認するに足る証拠はないということになる。

(四)、第一審原告はなお原審においては新家屋建築の資金として第一審被告に交付した金六万円を利用することができなかつた損害として金二〇万円を請求し、原判決は右金員中金七、二九五円だけを認容しその余を棄却したのであるが、第一審原告は当審に至つて右部分についての主張はこれを撤回し、その請求はこれをしないこととしたので、原判決中右金額の請求を認容した部分も当審においてはこれを認めることはできない。

(五)、最後に第一審原告は第一審被告の債務不履行によつて精神上損害を蒙つたことを主張し、その慰藉料として金一〇万円中五万円の請求をする。そして一般に財産上の義務不履行を原因とする損害の賠償にあつては、たとえその不履行によつて相手方が精神上の損害を蒙つたとしても、右損害は財産的損害が賠償されればこれによつて共にその慰藉がされるものと解するのが相当である。しかし場合によれば財産上の損害を越えて、その賠償があつてもなお慰藉をされ得ない精神上の損害を蒙る場合もあり得るのであり、この特別の場合にあつては、不履行者においてこの特別事情による損害を予見し、または予見し得べかりし場合に限りこれを賠償すべき義務があるものと解すべきである。ところで本件の場合、第一審原告は第一審被告との約定に従い新家屋建設の資金として金六万円を第一審被告に交付していること原判決認定の通りであり、従つて第一審原告が、たとえ従前の土地使用関係が無償であり使用貸借の関係にあつたとはいえ、第一審被告との建物の新築、その賃貸借の約定が第一審被告によつて誠実に守られ、真実その実現があることを期待し信頼したことは、これを了するに余りあるところである。従つてまた第一審原告は、旧家屋取払の翌月である昭和二五年一〇月中には、安藤重夫から同人所有家屋(現在その半分を第一審原告において営業所として使用しているもの)を代金一七万円で買受方の交渉を受け、当時旧家屋取払後で営業所を欠ぎ休業中であつたにも拘らず、第一審被告の契約履行に期待してその交渉を断つたものであり、その後第一審被告の履行遅滞に会つて同年末に至り、右家屋を安藤から借受けた朝倉初男から、その半分を賃料一ケ月四千円を以て、しかも第一審被告が第一審原告等の営業用建物を新築するに至るまで、三ケ月か半年との約定でこれを借受けるの止むなきに至つたものであり、右事情のため朝倉からはその後度々右店舗の明渡をせまられ、生活の基本たるべき営業所の不安定のため計り難き精神上の苦痛を味うに至つたものである。(以上の事実は原審証人朝倉初男、安藤武、大原ケイ(第一回)の各証言及び第一審原告本人の原審供述を綜合してこれを認める)。そして右営業所の不安定は、これにより勢い営業成績に影響のあり得ることではあろうが、事の性質上これによる財産的損害を請求せられ得べき性質のものではなく、また右不安定の原因となつた義務不履行による他の財産的損害が賠償されても、この財産的損害の賠償によつて右不安定による精神的苦痛が慰藉せられるものとも考えることはできないのであり、しかも第一審被告が本件契約上の義務を履行しないことによつて第一審原告が右のような精神的苦痛を味うに至るべきことは、第一審被告において当然これを予見し得たものと認めるのが相当であるから、本件の場合、財産上の義務不履行による損害の賠償ではあるが、第一審被告は第一審原告に対し右精神上の損害に対する慰藉料を支払うべき義務があるものと認めるのが相当であり、その慰藉料額は、本件の全事情から考え金五万円を以て相当とするものと考える。

四、以上の通りであるから、第一審被告は第一審原告に対し本件債務不履行による損害の賠償として右三の(一)の金一二万円及び(五)の金五万円計金一七万円を支払うべき義務があり、右金員についてはその催告の翌日以降年五分の割合による遅延損害金を附してこれを支払うべきものと解せられ、第一審原告のその余の請求はこれを排斥すべきである。ところで第一審原告はこれを本件訴状を送達したことにより右催告をしたものと主張し、昭和二七年一〇月一九日以降年五分の割合による損害金の支払を求めるのであるが、本件訴状では当初飯島守個人が被告とせられ、これが後昭和二八年七月六日附同日陳述の当事者補正の申立書によつて飯島合名会社に変更せられたものであること本件記録によつて明かなところであるから、被告会社に対する附遅滞の効果は右補正申立書の陳述によつて生じたものと解するのが相当であり、従つて年五分の割合による損害金は右陳述の翌日である昭和二八年七月七日以降これを認容すべきである。

よつて原判決を変更し、第一審被告は第一審原告に対し右金一七万円及びこれに対する昭和二八年七月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべきものとし、第一審原告のその余の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)

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